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穏やかな春の日、木漏れ日が揺れている。見上げた枝葉の隙間で煌めく光りは、まるで星屑のようだった。
『呼んでも来ないと思ったら、またこんな所でお昼寝して……』
呆れ半ばに浮かべた明るい声音に言われ、上半身を起こす。数歩離れた日の下で、クリーム色のワンピースを纏った少女が穏やかな微笑を浮かべている。片手に持った杖を支えにゆったりとした足取りで距離を詰め、となしに腰をおろした。
『今日は調子が良さそうだな』
『うん。お陰でこんな所まで、お散歩ができたよ』
『……悪い、歩かせて』
『嫌味に聞こえちゃった? ごめんね、そんなつもりはないよ……』
顔色を曇らせながら俯く小さな横顔。掛ける言葉が見付からず、頭を撫でると、塀の上から足を滑らせて落ちた猫のように目をまるくして固まったが、数秒後には笑みが咲く。
『ねぇ、カイン。病気が治ったら、一緒に旅行しよう! あのね、セレナに行きたいの。セレナは音楽の街で、色んな音楽で溢れているんだって』
『え。騒がしいのはちょっと……』
『…………』
『…………』
沈黙が気まずい。
―― ……ン……! ――
髪を撫で、枝葉を揺らす風の音の間に声が聞こえた気がした。
―― カイン! ――
ハッキリとした呼び声を認識した瞬間、意識が浮上する。
「カインってば!」
瞼を開くと見知った少年の顔が目と鼻の先にあり、
「……近い!」
息が触れ合いそうな距離に心臓が跳ねる。慌てて距離をとろうとしたら背面から倒れ、椅子から落ちたことを自覚するのに十数秒を要した。
「カイン、寝惚けすぎ」
「君が近すぎなんだ!」
「ほら、次は移動授業だよ。先生にちゃんと見張っておけって、言われているんだ」
「相も変わらず真面目ちゃんだなぁ、君は……」
「カインが不真面目なだけだよ」
アクリマは笑う。眼前に居る彼はオリジナルの細胞から造りだされたクローンだ。短い人生を繰り返す中で幾度も俺の事を忘れても、 俺の記憶に残るオリジナルのアクリマと何ひとつ変わらない微笑。
「……カイン?」
ハッとして視線を向けると、心配そうに窺う視線が交わった。透き通るアクアマリンの虹彩も、優しげな目元も、何もかもが俺の知るアクリマと同じなのに……。
「なぁ、今から第四都市のセレナに行かないか?」
「それなら明日にでも行こう。学校、休みだし」
「いやだ。今すぐ行こう。なんなら、泊まりで。旅行しよう」
「ダメ。やる事やってから」
「ちぇ……」
関心を持たないようにすればするほど、複製にオリジナルの面影を探してしまう。オリジナルが俺に向けてくれた感情と同じ物を望んでしまう。そんな自分が酷く嫌だった。
「今の君が好きだよ」
俺は自分に言い聞かせる。
「今のアクリマが好きだ」
短い人生を幾度も繰り返す度に俺の事を忘れる複製と、愛情を注いでくれたオリジナルのアクリマを同一視する自分が許せなかった。
「僕もカインは嫌いじゃないよ。……あんまり意識したことはないけど」
違いを実感することで、俺の理性は保たれている。
「意識、させてやろうか?」
体勢を立て直し、窓際へと追いやった。逃げられないようにしっかり手首を押さえて、顔を逸らせないよう頬に手を添える。掌から伝わる筋肉の感触は記憶と違う。
「もう……寝惚けすぎ!」
呆れを滲ませた溜息。頬を赤らめ、恥じらうアクリマはもう居ない。
「アクリマ。……今の君が、好きだよ」
俺は、何度も言い聞かせる。
「アクリマ……――」
君との思い出が、大切な物になっていくのが怖い。
終
20211229 柊木あめ
この度は、当方が制作したテキストゲームを手に取ってくださり、ありがとうございます。此方の本編、まだまだ迷走中なので此の先にでも変更点があるかもしれません。その時はまたおしらせするので、懲りずにお付き合いしていただけたら……と思います。