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【ハロウィン乗り遅れ記念SS】


 

・自創作キャラ説明(詳細はサイト内にある宵闇の設定を閲覧ください)

 

長男:夕霧(白銀の長髪、緋色の虹彩、冷やかな美貌の持ち主、甘い物が苦手)

次男:霧(中性的な美貌がおとなしい、白髪、黒曜の虹彩、甘い物が大好き)

 

 

 

――――――――――

 

 

【はろうぃん乗り遅れ記念】

 

 

 その日、夕霧は弟の霧に呼び出された。医務室に入るとセレナから派遣された看護師達が一斉に視線を向け、挨拶を交わす。奥にある住居空間へと続く扉の先に広がるリビングを通り抜け、キッチンへ。

 

「お待ちしておりました。勇者よ……聖剣を、抜くのです……」

 

 中性的な美貌が静寂を湛える白髪の霧は落ち着き払った声音で言い、一歩横にずれた。作業台の上に置かれた木製のまな板に鎮座するカボチャに包丁が呑み込まれている。全てを察し、溜息を吐きながらカボチャを受け取ると、片手で包丁の柄を握り、もう片方の手でカボチャを押さえた。たいして力を籠めずとも、すぅ……と抜ける包丁を見た霧は悲しそうな顔をする。

 

「カボチャは、硬い」

「慰めは結構です」

「手伝おうか?」

「半分に切れたら、もう大丈夫です。……珈琲でも飲みますか」

「そうだな。……自分で淹れるから、霧は続きをするといい」

「……分かりました。ドリップポット、棚の下にあります」

「ん」

 

 カボチャの皮を削ぎ落している霧の隣でお湯を沸かし、珈琲の準備を進める夕霧は、見ていて危なっかしい包丁捌きに妙な緊張を覚えながら見守った。

 

「っ……!」

 

 置かれる包丁。ポタリと滴る紅い雫。気付けば夕霧は霧の片手首を掴み、引き寄せていた。

 

「深いな……」

 

 舌先で掬い取る雫はほんのりあたたかい。傷口に触れた瞬間、掴んでいる手がビクッと震える。逃げられそうだったので、反射的にパクッと指に食らい付いた。ちゅ。ちゅぅ。と吸い付けば、肉の割れ目から甘美な蜜が溢れ出す。

 

「……どさくさに紛れて吸血しないでもらえますか、兄様」

 

 ふと気付けばお湯が沸いている。銀の糸を紡ぎながら離れる夕霧の緋色と、無を湛えた霧の黒曜が交わった。

 

「ハロウィンだと、生者はバケモノに悪戯されない為に仮装をするらしい」

「意地が悪いですね。……ハロウィンは過ぎました」

 

 表情は変わらなかったが不満そうな声音を聞き、夕霧は口元を小さく緩めながら珈琲を落とす。

 

「あ。傷が……」

「俺の血液を使った被験体のメリットだな。皮を削ぐのは俺がやるよ」

 

 霧がやると指が何本あっても足りない。と付け足すと、メスなら上手く扱えるのに。と、小さく聞こえた。

 

「ところで、何を作るんだ?」

「カボチャプリンです。……卵を使わないので、プリンと呼べるか分かりませんが」

 

 言いながら手を洗い、2つのマグカップに珈琲を注ぐ。1つに角砂糖を2個落とす。クルクルとスプーンで混ぜてから、フー、フー。と息を吹きかけ啜る音を追い掛けるように、熱い。と小声で続く。皮を削いだカボチャが適当に切られると知り、引き続き夕霧が包丁を握る。

 

「切ったら此れに入れてください」

「ん」

 

 均等な大きさに切られた耐熱容器に移して少量の水を入れ、ふんわりラップをして電子レンジの中へ。温まったヒーターが橙色で照らし、ターンテーブルがに乗ったカボチャがクルクル回る。無言で立ち並ぶ2人は、同時にマグカップを口へと運ぶ。電子レンジが音を立てるまで、短い沈黙が流れた。

 

「兄様、蜂蜜を取ってください」

「ん」

「ありがとうございます」

 

 霧が騒音を立てながらフードプロセッサーで生クリーム入りカボチャペーストを作っている間、夕霧はゼラチンを水でふやかし、鍋で沸騰直前まで温めたミルクの中へ溶かす。

 

「兄様」

「ん?」

「はい」

 

 ペーストを掬ったスプーンを唇の前に差し出された。微かにカボチャの肉片を感じるが舌触りは悪くない。カボチャの甘みだけでは物足りない部分を程よく蜂蜜が補っている。

 

「大丈夫そうですか」

「……何故、俺に聞く?」

「兄様が甘い物、苦手だからです」

「此のくらいなら問題ない」

「そうですか」

 

 言葉に浮かぶ、安堵。火を止めた鍋にカボチャペーストを落とし、丁寧に混ぜ合わせ、こした物をカボチャの形をした容器へ流し込む。

 

「余熱が取れたら、冷蔵庫へ入れます。其れまで休みましょう」

「ああ……」

 

 

    ※    ※    ※

 

 

 何を話すでもなく、何を見るでもなく、ソファーに並んで座る2人の姿が黙したテレビに反射する。時折マグカップを口へと運び、珈琲を啜るタイミングが重なった。

 

「……いつ頃に、冷蔵庫へ入れましたっけ?」

「……分からない」

「見てきますね」

「ああ……」

 

 席を立つ霧が冷蔵庫へ近付き、扉を開ける。暫くして、大丈夫そう。と独り言が聞こえた。キッチンに夕霧が呼ばれたのは少し経った頃。

 

「今から顔を描いていきます」

 

 型から外され、其々の皿に鎮座するカボチャプリンたち。温めたチョコペンを渡された。

 

「顔……」

「適当で大丈夫です。こう、適当に……」

「……人面」

「ハロウィンの名残ですね」

「…………」

 

 セレナの収穫祭の時に見た、ジャック・オー・ランタンの顔を思い浮かべながらチョコペンで描いていく。

 

 

    ※    ※    ※

 

 

 医務室では隅に設けられた休憩スペースで看護師達が談笑を咲かせていた。ご苦労様です。と霧が声を掛け、カボチャプリンを差し出す。

 

「よかったら、霧先生と夕霧さんも一緒にどうですか?」

 

 差し入れに対し感謝と見た目の感想を述べた内の1人が、輝かしい眼差しを向けて言う。

 

「僕は兄様とDVD鑑賞をするので、遠慮しておきます」

 

 夕霧が断るよりも先に言った霧が無表情に見上げてくる。

 

「ね、兄様?」

「ああ、そうだな」

 

 此の場を切り抜ける嘘だと察した夕霧は、ぽんぽん。と白髪を撫でながら言葉を返す。霧は一瞬目をまるくして動きを止めた。

 

「あら! あらあらあら!!」

 

 年長の看護師がムフフと笑い、各自が持ち寄ったお菓子を複数集めて差し出す。

 

「コレ、カボチャプリンのお礼!」

「え?」

 

 我に返った霧から間の抜けた音が漏れた。

 

「お兄ちゃんと仲良く食べてちょうだい」

「っ……。ありがとうございます」

 

 羞恥を噛み殺す声音は不満そうだ。霧に急かされながら居住空間へ戻る。

 

 

 

 キッチンでマグカップを洗い直す夕霧と、冷めた珈琲を温め直す霧は黙した儘だ。沸々と小さな泡が浮ぶ頃、ふわっと立ち上がる珈琲の香りが空気を染める。2つのマグカップから立ち上る湯気が、ゆらゆら揺れた。

 

「砂糖は?」

「カボチャプリンが甘いので、要らないです」

 

 言いながらマグカップを2つ運び、ローテーブルの上に置く。必然的に夕霧が冷蔵庫から顔が描かれたカボチャプリンを取り出し、デザート用のスプーンと共に運んだ。並んでソファーに座り、いただきます。と声を揃える。すぐに食べることをせずに視線を向けると、嬉しそうに口元を緩めながらカボチャプリンを頬張る横顔が。あっという間に食べ終わった時の寂しそうな顔は愛らしい。

 

「……何ですか」

 

 夕霧の緋色を見る霧はすっかり無を浮かべている。

 

「霧は、甘い物が好きだったな」

「其れがどうかしましたか」

「……ん」

 

 自分の皿からカボチャプリンを掬ったスプーンを、唇の前に差し出す。

 

「兄様は問題無いと言いました。一口も食べていないですよ」

「霧が食べるのを見ていたら満足した。ほら、あーん……」

「……僕は、兄様にも食べて欲しいです……」

 

 数秒の沈黙を挿んで口を開けた。夕霧はスプーンを霧の口へ入れると見せかけ、自身の口へと運んだ。

 

「……甘い」

「……意地が悪いですよ?」

「あんな顔をされたら、一口くらいは食べないと悪いと思った」

「どんな顔です?」

「お預けをくらった犬」

「…………」

 

 霧は自身の感情を落ち着かせるように深呼吸をした。満足そうに小さく笑う夕霧はマグカップへ手を伸ばす。

 

 

  終

 

  

 20211102 柊木あめ