場所はアレン皇国。石畳の道を煉瓦造りの長屋が縁取る大通りは馬車が行き交い、相も変わらず買い物を楽しむ令嬢達で賑わっている。夕霧とユキトは城で行われた定例会議に出席した帰りで、国王直々に足労を気遣われ馬車でセレナまで輸送される事になった。
「ユキト。偶には寄り道をしよう」
耳を疑いながら視線を町並みから向かいに座る夕霧にㇸ映す。自身が持つ冷やかな美貌も、緋色の虹彩も、黒いスーツが似合う高身長も、絹糸を彷彿させる白銀の長髪も、存在全てが人目を惹きつける事を自覚している夕霧は寄り道を好まない。双子に買い物でも頼まれたのだろうか? 返答に困りながら意図を探るべく思考を巡らせていると、形の良い唇が動く。
「馬を止めてくれ」
【共有】
人々の視線を集めるのは夕霧だけではない。
「ユキトが寄りたい店は?」
「僕、寄りたそうな顔シてマシタ?」
いつの間にか俯いていた顔を上げ、小首を傾げながら視線を向けた。
「会議の帰りはいつも街を眺めているから、気を遣って我慢をしていると思った。俺も寄りたい店があるし、丁度いい機会かと」
「なるほど。ありがとうゴザイマス。でも、我慢はシてイマセンヨ」
「……余計な世話だったか」
「いえ、そう言う訳デハ……」
自分の装い――漆黒のローブを纏い深くかぶったフードと長い前髪で目元を完全に覆い隠している――が着飾った者達で溢れかえる街では場違いであり夕霧と釣り合わない事は承知している筈だった。然し其れを気にする必要がない立場である事も理解している心算だ。上手く言葉で言い表せないモヤモヤが心の奥底で芽生え、奇妙な感覚に襲われる。
「えっと、夕霧サンが寄りたい店トは?」
「……此の辺りだと思う」
周囲を見渡した。
「あった」
言い終わるや否や歩きだす背を慌てて追いかけた。向かう先に在るのはケーキ屋だ。矢張り双子にでも頼まれたのだろうか? 硝子張りの店内に数人の着飾った女性達が居るのが見える。何の躊躇もなくドアが開かれ、カランカラン。と来客を告げるベルが響く。白と薄桃色で統一され清楚感があり落ち着いた店内によく似合う雰囲気の声音が、いらっしゃいませ。とカウンター越しから声を掛けてきた。奥には飲食スペースが在り楽しそうな談笑が聞こえる。
「霧クンと澪クン、喜びマスネ」
「いや……」
語尾を濁しながらディスプレイを眺める横顔から読み取れるものはない。
「ユキト、好きな物を選ぶといい」
「好きな物……?」
視線をディスプレイに向ける。雪原に咲く赤い薔薇の花を彷彿させる苺のショートケーキ。赤や緑、黄色のカットフルーツが乗ったタルトは表面がコーティングされて煌めいており、まるで宝石箱のようだ。ふんわり焼き上がった生地に巻かれたホイップクリームはバナナを抱いている。動物を模した可愛らしいカップケーキ。どれも眺めているだけで楽しくなり目移りしてしまう。ミルクティーを使って着色したクリームを纏った腕型ケーキに見覚えがある。
「ユキト」
いつの間にか少し離れた場所に立っていた夕霧が小さく手招き、ディスプレイを指差した。
「尻!」
まるくぷりっとした可愛らしい尻が並んでいる。商品名は[桃尻]で、材料に桃を使用したババロアらしい。
「脳もある」
「なンてリアルな……」
掌サイズの小さな白い脳。表面は艶やかで苺のソースをかけて食べるそうだ。視線を泳がせれば泳がせた分、変わり種商品の数々が目に付き悩んだ挙句の果てに夕霧と同じ物を買う事にしたのだが……夕霧が選んだ物が小さいと言えどホールケーキだったので共有する事に。
※ ※ ※
宵闇の居城の一角にある執務室を通過し奥の居住空間に戻った二人。リビングで夕霧からジャケットとネクタイを預かりシワにならないようハンガーに引っ掛け所定の位置へ。ワイシャツのボタンを幾つか外して胸元をチラ見せながら袖を捲った夕霧はユキトを長椅子に座らせお湯を沸かした。珈琲くらい淹れると言っても、今日は紅茶だ。と返され何も手伝わせてもらえない。珍しい事があるものだと頭の端で考えながら行動を見守ることに。
「ユキト。おいで」
ダイニングテーブルの定席に移動するとユキトの動きに合わせて夕霧が椅子を引き、座る動作に合わせて椅子を押された。二人分のティーカップと箱から出された状態のホールケーキ――赤味が強いホイップクリームで作られた薔薇の花輪の中心に煌々と輝く数種類のカットフルーツが上品に盛られた美しい。――と台紙の端にフォークが一つ。
「夕霧サン、甘い物が苦手だったンじゃ?」
「苦手だよ。此の前、霧がお茶に誘ってくれたんだ。気を遣って俺にだけ別の茶菓子を出してくれたのだが、双子を見ていたら同じ物を食べてみたくなった。言い出せなくてな……」
「なるほどナァ……」
夕霧が珍しく隣に座りティーカップを口へと運ぶのを見届けてからフォークへ手を伸ばす。円の端から攻めたい所だがフルーツの部分を掬った。
「ハイ、アーン」
フォークを差し出す。
「夕霧サンが食べたくて買ったンデス。責任、取らなイト」
「…………」
少しの躊躇を見せてから形の良い唇が開く。口腔に落とされたフルーツが咀嚼され、嚥下されるのを見届ける。
「……甘いな」
「そりゃあケーキデスカラネ。通常のフルーツと違ってシロップでコーティングされてイマスシ、甘さも増すかト」
「……拷問を受けている気分だ」
「音を上げるなンて早過ぎデス」
勿体ない気もしたが薔薇を崩してフルーツと一緒に掬う。
「ハイ、アーン」
「…………」
物言いたげな視線を向けるも黙って口を開くところが素直で可愛らしい。
「……甘い」
「紅茶をドウゾ」
フォークを台紙の端に置きティーポットに手を伸ばす。
「すまない……」
飲み終えたタイミングでおかわりを注ぐと間髪入れずに口へ運び、ゴクゴク飲み干した。
「満足シマシタ?」
「ああ。……不思議なものだ。苦手だと自覚しているのに自ら進んで食べようとするなんて」
「〝同じ〟を共有シたい時って、あると思いマス」
「ユキトもそうなのか」
「僕は……――」
語尾が濁る。思考を巡らせても時間ばかりが過ぎそうだ。
「ユキト」
差し出されたフォークの上に赤い薔薇が乗っている。此方を見る緋色はいつもより穏やかで優しいものだった。微かにモヤモヤした物を芽生えさせながら口を開けてフォークを招き入れる。ふわっとした触感の薔薇は簡単に舌で押し潰れ、消えていく。
「……される方は思いの外に恥ずかシイデス……」
「そうか」
小さく口端が歪む。
「たんと食べるといい」
まだまだあるぞ。と付け足しながらフォークがケーキを掬う。
終
20210628 柊木あめ