グプトの深い森に抱かれたセレナの町では年に1度、不定期開催で花贈り祭をおこなっている。各々用意した花を贈り合い想いを伝えるだけの1日限定の祭りで、送る相手は1人に限らず複数名でも可能。準備期間は1週間。当日までに送る相手、送る花、添える気持ちを考えるなどの猶予が与えられる。
【花贈り】
交響楽団の演奏や町に飾られた色とりどりの花々が町を賑やかし宴ムードのなか、各所で様々な会話が聞こえる。愛の告白。日頃の鬱憤。感謝。謝罪。様々な感情を添えた花束がやり取りされる光景を目尻に中央広場へ向かうユキトの足取りは軽い。
住人達によってセッティングされた宴の席で多くの人々に囲まれているのは宵闇率いる夕霧。着崩すことなく黒のスーツを纏い相も変わらず良質なシルクを彷彿させる白銀の長髪を流した立ち姿は美しい。ふとスーツの裾を小さな女の子に引っ張られると膝を折り視線を合わせた。冷やかな美貌に穏やかな表情を浮かべながら言葉を交わし、感謝の意が籠った花束を受け取り頬にキスされ目をまるくし反応に困るそぶりを見せたが周囲の助け舟を得るまでもなく、照れた笑みを浮かべる女の子の頭を撫で近くに置いてある木箱から取り出した花のアイシングクッキーが入った小袋を差し出す。
「ウーン……」
手が空くまで時間が掛かりそうなので話し掛けるのは後にしよう。と踵を返して踏みだすと、低く耳に優しい声音に呼び止められる。
「すまない。少し席を外す」
「はいよ! あたしらだけがカシラを独占しちゃ悪いからね!」
近くにいたふくよかな女性が言うとちらほら賛同の声が上がり、安堵を浮かべながら夕霧が輪を抜け出し足早に近寄ってきた。
「ユキト、お帰り」
「ただいま帰りマシタ。えっと……夕霧サン、此れ」
添える言葉が思い付かず、束ねた茎を白いリボンで結っただけの花束を差し出す。一瞬だけ目をまるくした美貌はすぐに優しいものへと変わり、花束を受け取った。
「ありがとう、ユキト」
緋色の視線が手元へ落ちる。
「白百合。黄色い水仙に、赤い芥子。白いダリアにカスミソウに、イチイ」
「ハイ」
「後で部屋に来い」
夕霧は笑う。
終
20210609 柊木あめ
補足
白百合「壮大な美」「高貴」
スイセン
白:神秘
黄:愛に応えて
芥子
死
白いダリア
感謝
カスミソウ
感謝
イチイ
死
当方の創作世界では葬儀の定番は白百合、イチイ、イトスギで、弔いの花は一輪と規定があります。今回は某呟きのタグ『花束の意味で告白・感謝・お祝い・葬儀のアンケート取って1位だったものをうちの子に贈る』と言うやつで感謝と葬儀が同位でしたので此のような形になりました。